強迫性障害を乗り越えた先に

強迫性障害が治る時、それは新たなスタートです。

どうしていれば治療期間を短く出来たか

どうもこんにちは。yonesonです。

最近バタバタしていたので、久々の更新になります。書きたいことはたくさんあったのですが...

 

皆さん最近疲れやストレスはどうですか?コロナの影響もあって、外出も以前のように気軽に出来なくなりましたね。

私と言えば趣味のバドミントンは、以前のように頻繁には出来なくなってしまいました。その為バドがない日は結構外を走っています。そのおかげで体力は落ちるどころか、以前よりついたような気がしますね。

ただ今年の季節の変わり目は、激しい運動を少し控えることにしました。これまでは夏のテンションのまま秋に入ると、どうしても疲れがとれなかったんですよね~。なので今年は東洋医学の「養生」を生活に取り入れ、心身をいたわりたいと思います。

 

 

さて今回は私が発症時期の前後に、「どうしていれば強迫性障害にならなかったか」。そして「どうしていれば病気が長期化せずに済んだか」について、今だからこそ思えることをまとめていきたいと思います。

私は症状が落ち着くのにだいぶ時間がかかってしまいました。もちろん苦しんでいた最中は、自分なりに苦しみに対処しようと精一杯やっていました。本当によくやっていたと思います。

しかし今改めて振り返ってみると、やはり「ターニングポイント」がいくつかあったように思います。

その為あの時「ああしていれば違ったかな?」と思う点を書いていきたいと思います。

今苦しみの渦中にいる人にとって、少しでも参考になれば幸いです。

 

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1、病気発症前のターニングポイント

私の発症の経緯は以前別記事でまとめましたが、私は目の違和感から、病気の心配、そして神経症に進んでいったというプロセスがあると思っています。

 

yoneson.hatenablog.com

 

そして当時の私は安心を得る為に眼科で繰り返し検査をする「確認癖」をこじらせていきました。

 

私の個人的見解ですが、病気の発症に関しては、これまでのストレス心身の偏りの積み重ねが自分の中にあり、加えて病気に進みこんでいく引き金、「トリガー」の有無が病気に進みこんでいくかの分かれ目になると思っています。

その為自分の中に心身のバランスを崩す土台があったとしても、このトリガーに触れずにそのまま生活している人もたくさんいると思います。

もしかしたら私もこのトリガーになる出来事が無ければ、今も病気とは無縁の生活だったかもしれません。あるいはもっと年をとってから、別のトリガーで体調を崩していたかもしれません。今となっては結果論でしかなく、なるべくして発症したのかもしれません。

 

それでも発症に至る最初のターニングポイントはこの時だったと思います。

 

さて眼科での検査結果は異常無しでしたが、詳しい説明を求めても、「一時的な症状で異常はないよ」という言葉だけでした。

ちなみに私は昔から授業等でも、一つ気になることがあるとその部分が気になって仕方ないという傾向がありました。全部スッキリと納得したい質なのかもしれません(笑)。

その為何か曖昧な部分があるというのが、どうしても不快でしょうがなかったんです。

その為「異常は無くてもなるんだよ!これはどこからきてるんだよ!」と不安になり、自分の中でどんどん不安、不満、恐怖を膨らませていきました。

 

そこでもし当時担当医が、「これは~の理由でなるんですよ。目にも脳にも異常があるわけではない。だから心配いりませんよ」

と論理的に、丁寧に説明してくれていたら、そこまでこじらせることはなかったのではないかと思います。

やはり私としては得体が知れないから不安を募らせるわけで、自分に何が起こっているかを正しく理解出来ていたら、そこまで恐怖におびえることはなかったと思います。

 

 

2、発症後、大学時代の長い投薬治療期間

そして次のターニングポイントは大学時代、発症後の投薬治療期間です。ポイントというより期間でもありますが。そしてもしこの時期にカウンセリングを受け、自分の状況を正しく理解する事が出来ていれば、ここまで治療が長引くことはなかったとも思います。

 

私の学生時代の治療は投薬治療のみです。ただ当時はカウンセリングを受けるという発想は、私を含めた家族の誰にもありませんでした。

医師によって治療スタンスは違うと思いますが、私の担当医師は少し話を聞いて薬を処方するだけでした。その為自分の苦しみが医者に通じている手応えはなく、次第に「自分のこんな状態、人に通じるはずがない」と思うようになっていきました。

 

ですが私はメンタルヘルス不調というものは、脳内物質の異常だけでなく、そうなるに至った本人の傾向やストレスが、大きく関係していると思っています。

それなのにその部分を考慮せずに、薬による脳内物質の調整だけでは不十分に決まっています。

ですが当時の私は他にどんな治療があるのかわかりませんでしたから、治療方針に疑問を持ちつつも、投薬治療を続けるしかありませんでした。これを続けていけばいつか楽になると信じて…

 

もしこの時期にカウンセリング等の、自分の苦しみや考えを全て吐き出し、客観的にアドバイスをもらえる場があったら、状況は変わっていたと思います。

 

 

3、会社退職後、長い投薬治療期間

会社退職後、20代の長い治療期間も、今思うと非常に悔しい想いが残る時期です。

会社退職前に転院した病院では、初めてカウンセリングを受けました。カウンセリングには効果を感じていましたが、診察では多種・多量の薬が処方されました。

そもそも腹が立つのは初診の時、主治医に私が状況を説明しようとすると、「話はゆっくりカウンセラーが聞くから」と、話を聞く前に薬の処方が決まってしまったのです。

今同じことがあったなら「は?ふざけんな!」と言えるでしょうが、当時は相当消耗していた為、判断力も落ちていました。

 

そもそも何種類もの薬を一気に飲むと、良くなったとしてもどの薬が効いているかはわかりません。減薬する際もどれを削ればいいかわからないはずです。

しかも次に転院した病院でわかったことですが、当時の私は薬の飲みすぎにより本来の症状よりも、強く苦痛を感じていたようです。はっきり言って「薬害」ですね。

 

加えてカウンセリングが主治医の診察に活かされていたかは疑問が残ります。確かにカウンセリングは心から受けて良かったと思いますが、カウンセラーと医師が適切に連携出来ている印象はありませんでした。

もっと早く転院すれば良かったと思います。疑問を持ちながら治療を受け続けるのは、「百害あって一利なし」だと思います。

 

 

4、まとめその1 ~「薬の長期服用を疑ってみる」~

私の治療が長くなった要因の一つに、服薬以外の有効な回復手段に長く気が付けなかった点が間違いなくあります。

確かに「不調時は脳内物質が乱れている」→「その物質を薬で整える」というのは理にかなっているように思います。実際薬がその人に合っていて、元気になった人も私の周りにたくさんいました。

 

ですがその「脳内物質が乱れた」のは、強烈な出来事によってある日突然起きた、というケースではない場合が多いと思います。

多くの場合、そうなるに至った背景があるのではないでしょうか。

それなのに目に見える部分だけに注目して、「薬を飲んで、はいお終い」というのは、少々乱暴だと思います。

まぁ今だからこそ言えることですけどね。当時の自分では本当にどうしようもなかったわけですから。本当に良く頑張りましたよ、自分!

 

薬には大きな力があります。適切に使えば回復も早まり、日常生活を普通におくることも出来るでしょう。

でも気を付けなければ、却って治療が長引いたり、体を壊す危険性もあると思います。それに体調を崩した大本の原因が隠されてしまう可能性があることも、念頭に置いておいた方がいいと思います。

 

 

5、まとめその2 ~「状況を理解出来れば光が見える」~

そして改めて思う事ですが、心身の回復に大事なことは服薬に加え、自分の状況を正しく理解することが重要だと思います。(それが一番難しいんですけどね)

そしてそこを基点に、直面する問題に少しずつ取り組むことが欠かせないと思います。

 

また心だけでなく体をメンテナンスしていくのも大事だと思います。私はこれまで病気を治すために、心ばかりに意識を向けていました。ですが「心身一如」という言葉があるように、心と体は切り離せないものです。心の調子が悪いときは、体も緊張や恐怖からカチコチになっていると思います。

「心」と「体」。その両面を少しずついい状態にしていくという発想を持っていれば、より回復期間は短くなったかな、と思います。

 

私は長年治療していても、なかなか思うような結果が得られず苦しい思いをしてきました。

そのような時は物凄く怖いですが、「今やっていることは、本当に良い方向に向かっているのだろうか?」と考えれば、事態が好転する突破口になるかもしれません。

そして病気だけに着目するのではなく、自分の生活や生き方を見直してみる。

・「食事、睡眠、運動のバランスはとれているだろうか」

・「自分が長年見てこなかった問題は何だろう」

振り返ることは大変ですが、それだけの価値があると思います。

 

 

私はもう二度と症状がない状態に、戻れることはないと思っていました。

記憶がある限り完治することはないと思っていました。

でも今は大丈夫です。当時のことをしっかりと思い出しても、「とらわれ」に飲み込まれることはありません。恥ずかしい思いや悔しい思いになることは多々ありますが...

 

人には物凄い回復力があります。そして生まれつき強迫性障害だったのでなければ、健康だった時の感覚を体も頭もしっかりと覚えています。

なので時間はかかったとしても、必ず良い状態になれると思っています。

 

 

6、昔の自分にかけたい言葉

最後に昔の苦しんでいた自分に、今かけたい言葉を述べて終わりたいと思います。

 

「今苦しいよね。辛くて辛くてどうしようもないよね。でも必ず治るよ。大丈夫。」

 

「あなたが感じていることは、おかしいことでも恥ずかしいことでもないよ。もちろん皆が理解出来るものじゃないけどね。でも必ず理解してくれる人はいるから。同年代の友達だけでなく、色々な立場の人と話が出来れば少し楽になると思うよ。」

 

「家族もどう接すればいいかわからないだけで、あなたのことを心から大切に思っているよ。あなたは大丈夫、だから自分を責めないでね。人にはわからなくても、あなたがとてつもなく頑張っているのを、俺は100%わかっているからね。」